7月刊本など

urotanken2007-07-14





ふたりの博士(ヒロシ/ハカセ)の書物が刊行。*1



アラマタ大事典

アラマタ大事典

好奇心があれば、一生、退屈しないぞ!!
アラマタ博士が見つけたヘンなモノ、ヘンなヒト、ヘンなコト303
ほとんど真実。ちょっぴりウソ!?

今はなき「トリビアの泉」にも出演していた荒俣先生のサービス本といった感じだが(未読未詳)、「アラマタ大事典」という題名がイケている。でも、怪物アラマタヒロシの謎を徹底解剖・検証したものかと思ってしまった(誰もそんなことやるはずないか)。三百の事象より、ひとりの人物の多面相といったものに興味をそそられるのは題名のせいだが、アラマタ本人の奇特な資質のためといってよい。

367頁・ISBN9784062140522・定価2310円



近代文化史入門 超英文学講義 (講談社学術文庫)

近代文化史入門 超英文学講義 (講談社学術文庫)

百科事典と王立協会。レンズと詩人。旅と造園術。デパートと博物学
すべては繋がっている、見えないところで

今まで何の関係もないと思われていた2つのものが、1つであることを知ることこそ、魔術・マニエリスムの真諦である。そして、これこそが究極の「快」である。光学、辞典、哲学、テーブル、博物学、造園術、見世物、文字、貨幣、絵画、王立協会……。英国近代史を俯瞰し、歴史の裏に隠された知の水脈を、まるで名探偵ホームズのように解明する「脱領域の文化学」の試みである。

ここにあるのは文化史、文化学と呼ばるべきものの徒手空拳の試みである。知的「驚異」の観念史の試みといってもよいかもしれない。専門用語を排することに徹した精神史でもある。「繋げる」知を疎ましがり、「笑い」を敵視してきた旧套学術が一番苦手にしてきたこれら新しい人文学をうんだのが1920年代、一挙に展開したのが1950年代。とすれば本書はそういう20世紀の知の隠れた流れを、無邪気を装いながらそっくり身振りしたものと言えるのかもしれない。ー<「学術文庫版まえがき」より>

314頁・ISBN9784061598270・定価1050円


『奇想天外・英文学講義 シェイクスピアからホームズへ』(講談社選書メチエ)のリライト。以前の講義調に比べ、若干格調高く書かれている気味あり。高山(文化)学を一望できるハンディな一冊となった。もっと踏みこみたい向きには、〈アリス狩り〉シリーズ*2を勧めたい。もっとも、「相反するものの合一」にちっとも驚けない連中には無駄なススメであるが。鬼才高山師のものす本はどれも、膨大な知のヒント集だから、好奇人は読まねば損である。というか、読んでいて当然の代物であろう。

奇想天外・英文学講義―シェイクスピアから「ホームズ」へ (講談社選書メチエ)
アリス狩り (1981年)目の中の劇場―アリス狩り綺想の饗宴―アリス狩り




行商人が提供した本と読書の楽しみ、そして大衆文化への拡がり

18世紀のイギリスで、行商人チャップマンが日用品とともに売り歩いた素朴な廉価本ーチャップ・ブック。安価で手軽に面白い話が読めることで、庶民に大いに愛された。占い、笑話、説教、犯罪実録、『ロビンソン・クルーソー』などの名作ダイジェスト……その多様なジャンルの読み物を人々はどう楽しんだのか。本の受容を通して、当時の庶民の暮らしぶりを生き生きと描き出す。

金に余裕のある上流階級や貴族はともかくとして、一般の労働者や庶民にとっては、いわば英文学の本道を行くような作品は高嶺の花だったと言うことができよう。1週間なり1ヵ月なりを飲まず食わずで過ごして本を買うなどというのは、恐らくよほどの酔興でなければ考えつかないことだったのである。その意味で、1ペニー、2ペンスという値段で買えるチャップ・ブックは、貴重な存在であった。ー<本書より>

278頁・ISBN9784061598287・定価1008円



贈与の文化史―16世紀フランスにおける

贈与の文化史―16世紀フランスにおける

「われわれにとっては、本書それ自体がまさに完璧な贈り物といえよう。16世紀フランスの社会生活についての、このすばらしい研究は、歴史人類学のお手本である。」(メアリー・ダグラス)ー『帰ってきたマルタン・ゲール』『愚者の王国 異端の都市』『境界を生きた女たち』など、近世ヨーロッパの社会史・文化史の分野で輝かしい成果を挙げてきた著者による新著のテーマは「贈与」である。ー古くて新しい観念「贈与」をキーワードとして、デーヴィスは古文書の世界に、あるいは文学・神学・法学などのテクストの世界に、さらには、さまざまな図像の世界に入りこんでいく。ー長年にわたる関心と研究の熟成を経たうえで、家族・政治・宗教といった領域における、権力関係や互酬性をめぐる争いをみごとに跡づけ、モースからバタイユを通ってデリダにいたる「贈与」論に、歴史学からエレガントに応答してみせた本書には、大いなる魅力がそなわっている。

四六版上製・328頁・ISBN9784622073079・定価3990円





後ろから読むエドガー・アラン・ポー―反動とカラクリの文学

後ろから読むエドガー・アラン・ポー―反動とカラクリの文学

推理小説創始者として有名なエドガー・アラン・ポーは、日本の作家にも多大な影響を与えましたが、推理小説に限らず、怪奇小説、冒険物語、宇宙論、文学批評など、雑多なジャンルを幅広く手がけた作家です。本書はそのような多様な文学ジャンルを取り込みながらも、晩年の宇宙論ユリイカ』を基軸として、ポーの作品のメタフィクション性を考察するとともに、ポーの時代への「反応」をたどることで、ルネッサンスアメリカの文化的諸相に光をあてようとするものです。

四六判上製・253頁・ISBN9784779112430・定価2625円




西脇順三郎コレクション〈第2巻〉詩集2

西脇順三郎コレクション〈第2巻〉詩集2

第三の神話/失われた時/豊饒の女神/えてるにたす/宝石の眠り

エズラ・パウンドに発見され、ノーベル文学賞候補にもなった後期の代表的詩集を網羅。

新倉俊一=編、四六判上製・400頁・ISBN9784766413724・定価5040円




吉田健一の著作が文庫で二つも同時期に刊行。


ロンドンの味 吉田健一未収録エッセイ (講談社文芸文庫)

ロンドンの味 吉田健一未収録エッセイ (講談社文芸文庫)

島内裕子=編

天性詩心が響映する吉田文学40年の遺珠68篇。

古今東西の文学に通暁し、言葉による表現の重要性を唱え、独自の豊かな文学世界を構築した天性の文人吉田健一。その軽妙洒脱な食味随筆、紀行文、イギリス滞在記を始め、最初期のラフォルグ論、ボードレール論、鴎外論、また、後年の文学的開花に密接に繋がる厖大な翻訳の「解説」、さらには、最晩年の中島敦論まで、精緻な調査によって発見された新資料を含む、単行本未収録エッセイ68篇。

島内裕子
没後30年が過ぎようとしている今、未収録作品も含めて、吉田健一の全貌をわがものとし、不断にその清新な感情と感覚に触れることは、かけがえのない生きる喜びとなって、わたしたちの心を潤わせてくれる。吉田健一の文学世界はすべて、彼の詩心が響映した精緻繊細であると同時に、のびやかでのどかな稀に見る別天地である。しかし、その別天地は、彼の言葉によって実在がわたしたちに保証されている現実世界でもあるのだ。

368頁・ISBN9784061984844・定価1575円



「ロメオとジュリエツト」から「嵐」まで10の劇作を論じた名著『シェイクスピア』と、こよなく愛した十四行詩の編訳書『シェイクスピア詩集』をカップリング。吉田シェイクスピアをこの1冊で。

HL判・408頁・ISBN9784582766158・定価1470 円






アンリ・ミショー ひとのかたち

アンリ・ミショー ひとのかたち

この夏、東京国立近代美術館で開かれる回顧展*3に合わせて、ミショーの魅力を伝える詩画集。メスカリンによるイマージュ、エネルギーが迸るドローイングなど、偉大な幻視者ミショーの全貌を明らかにする。

東京国立近代美術館=編著、A5版上製・126頁・ISBN9784582222043・定価1995円





大正レトロ・昭和モダン 広告ポスターの世界

明治末から昭和戦前期までのレトロモダンな傑作ポスター160点余りを初めてオールカラーで紹介する画期的グラフィックブック。印刷技術と広告表現の両面から考究した解説も充実。

国書刊行会姫路市立美術館印刷博物館=編・ISBN9784336048356・定価3150円





ディック・ブルーナのデザイン (とんぼの本)

ディック・ブルーナのデザイン (とんぼの本)

「私は子供のために絵本を書いているのではありません」とはミッフィーの生みの親ブルーナの言葉、あまりにも有名な絵本作家がつぶやいた意外なひと言。彼が手がけた装幀、ポスター、シンボルマークなどのデザインワークを見ながらその真意を探ります。

とんぼの本》・A5判・112頁・ISBN9784106021596・定価1470円




なんにもないところから芸術がはじまる

なんにもないところから芸術がはじまる

大竹伸朗の『全景』展から見えた「貧者の栄光」とは? 飴屋法水が24日間籠もっていた「暗室」の中身、会田誠の絶妙な「へたウマ」法、「半刈り」でハンガリーに行った男・榎忠、昭和新山を所有した画家・三松正夫ー現代アートの最先端を挑発する批評の冒険!

四六版・272頁・9784104214020・定価2100円





図説 江戸東京怪異百物語 (ふくろうの本)

図説 江戸東京怪異百物語 (ふくろうの本)

江戸・東京に起きたさまざまな怪異現象や謎の事件を、江戸時代の記録、明治の新聞などからとりあげる。本所七不思議、池袋の女、怪しい屋敷、狐・狸・化猫の話など、錦絵や瓦版・新聞の挿絵とともに紹介する都市伝説百話。

《ふくろうの本》・A5判変形・112頁・ISBN9784309760964・定価1785円



アレクサンドリア四重奏 4 クレア

アレクサンドリア四重奏 4 クレア

時は経過し、いまは戦争のさなかにあるアレクサンドリアに、ぼくは戻ることになる。そこではすべての人間関係が大きく変わっていた。過去に沈んだはずの多くの事柄が、驚くべき真実をたずさえて浮かび上がる、衝撃の最終巻。

四六判上製・404頁・定価2520円・ISBN9784309623047



白水社からは、待ちに待ったゼーバルトの作品が刊行される。


土星の環―イギリス行脚 (ゼーバルト・コレクション)

土星の環―イギリス行脚 (ゼーバルト・コレクション)

アウステルリッツ』と並ぶ、作家の真骨頂
イギリス南部を旅する 〈私〉 が目にした、何世紀にもわたる破壊の爪痕……災厄、戦場、虐殺の記憶がたぐり寄せる連想。コンラッド文人たち、誰も振り返らない往古の出来事、打ち棄てられた廃墟が、禍々しくかつグロテスクに現出する。解説・柴田元幸

〈私〉はイギリス南東部を徒歩で旅し、過去何世紀にもわたる様々な破壊の跡を目にした。海辺で、資料館で、〈私〉の連想は、帝国主義時代のオランダの過去、ワーテルローの戦場跡を訪れた記憶、バルカン半島における虐殺の歴史、アフリカ大陸でのベルギーの搾取や略奪などへと続いていく。
 〈私〉は旅先で多くの人びとと出会い、過去の様々な人びとを想起し、その生涯を辿る。コンゴ植民地主義の狂気を目の当たりにし、『闇の奥』を書いたコンラッド、「理想の国民」たる蚕を偏愛した西太后フランス革命前後の激動をくぐり抜け、回想録『墓のかなたから』を書いたシャトーブリアン……。
 最後に〈私〉は、中国からヨーロッパにもたらされ、各国で国家事業として育成された養蚕に思いをはせる。養蚕を国家意識高揚に結びつける企図は、百年後ナチによっても鼓舞されていた……。
 思索や連想の糸がたぐられ、ヨーロッパ帝国主義による破壊と自然がもたらした災厄、古今の文人たちの生涯を辿っていく。誰も振り返らない往古の出来事、忘れられた廃墟が、時空を超えて呼び戻される。境界がなく、脱線と反復を真骨頂とする、ゼーバルト独自の世界。

ゼーバルト・コレクション〉四六判上製・290頁・ISBN9784560027318・定価2625円



ペローの昔ばなし (白水uブックス)

ペローの昔ばなし (白水uブックス)

時代を越えて読みつがれる名訳決定版
 ペローが残したフランスの昔ばなしは、どれもみな馴染み深い。「赤ずきん」「眠れる森の美女」「長ぐつをはいた猫」などの話に幼いころ親しんだ人は多いだろう。日本の昔ばなし以上に耳にしているといっても過言ではない。
 ペローはルイ十四世の宮廷に仕えた文人であるが、広く民間伝承に材をもとめ、簡潔かつ典雅な文体でそれらを見事な話にまとめ上げた。しかもそれは、子どもに向かって語りかけるという、当時としては実に画期的な姿勢にもとづいた偉大な仕事だった。
 本書は、時代と国境を越えて読みつがれるペローの昔ばなしを、ギュスターヴ・ドレの精緻な版画を数多く添え、名訳でおくる決定版。

223頁・ISBN9784560071632・定価1050円



哲学者たちの動物園

哲学者たちの動物園

楽しくわかる哲学者ガイド
 デリダの猫、ドゥルーズガタリのマダニ、メルロ=ポンティの椋鳥、アランの駒鳥、ベルクソンの土斑猫、ニーチェのライオン、マルクスのビーバー、カントの象、ルソーのオランウータン……古今東西の思想家たちは、動物について、どのような思惟をめぐらせていたのか? それぞれの著作をひもときながらわかりやすく解説していく本書は、「小事典」としても重宝する哲学者ガイドブック(日本版はイラストをはじめ注や人物索引も充実!)。
 著者は、高校で哲学教師をするかたわら、『リベラシオン』でジャーナリストとしても活躍。ゆえに本書の記述はすこぶる明快で、動物という親しみやすい入口から、哲学者たちそれぞれの思想の核心へと案内してくれます。
 たとえば、動物学者にして形式論理学創始者でもあるアリストテレスは? ひな鳥?。「卵が先かニワトリが先か」という古典的議論を大真面目に論理的に解くところなど、じつにおかしい。パスカルはコナダニというミクロの生物のなかに神の恩寵と宇宙的な広がりを示すさまを語っているし、デカルトならば人間の言葉をオウム返しに繰り返すカササギについて。さらには、愛する婚約者に突然の別れを告げて自分の殻に閉じこもるという不可解な行動をとったキルケゴールには(動物園という括りはビミョーですが)二枚貝についての記述をもとに、紹介してくれます。
 さあ、動物といっしょに、哲学してみましょう!

A5判変型並製・190頁・定価2310円・ISBN9784560024607


この手の案内本*4は、〈ハンディであること=手に取りやすいこと〉がどうやら必要条件のようだ。白水社の書物には総じてその条件が備わっていて、編集のフットワークの軽妙を思わずにはいられない。『哲学者たちの動物園』は判型といい、判面・本文の文字色といい、文京図案室のデザインといい、申し分のない案内書である。




知についての三つの対話 (ちくま学芸文庫)

知についての三つの対話 (ちくま学芸文庫)

解き放たれよ!--

「anything goes」、相対主義の立場をとる著者の面目躍如! 麻痺した価値観と硬直した科学知の呪縛から読者を解き放つ、知的営みとしての対話。

365頁・ISBN9784480090829・定価1,365円





白熱するもの―宇宙の中の人間 (叢書・ウニベルシタス)

白熱するもの―宇宙の中の人間 (叢書・ウニベルシタス)

現代の諸科学が明らかにしてきた〈大いなる物語〉つまり一連の科学的出来事ー宇宙の誕生、物質元素の生成、惑星の冷却化と地球の誕生、生命の出現、さまざまな種の進化、人類の誕生等々ーを読み直し、今や遺伝子を操作して自己進化の道を歩み、その〈大いなる物語〉の共著者になった人類の新たな未来を展望する。自然と生命と人間の和解を図り、悪の問題の解決策を提示する哲学的省察

《叢書・ウニベルシタス》、四六判上製・388頁・ISBN9784588008665・定価4725円



書肆心水の以下の2店の書物も、並製であることのスマートな美しさを思わせる本作りだと思った。


偶然と驚きの哲学―九鬼哲学入門文選

偶然と驚きの哲学―九鬼哲学入門文選

「哲学は驚きに始まり驚きに終わる」
『「いき」の構造』で知られる九鬼周造における哲学的主題「偶然性」。
主著『偶然性の問題』以降に書かれた偶然と驚きをめぐる諸論考が、九鬼晩年の到達点「偶然と驚きの哲学」という場所を示す。
それぞれが独立した一本として読める、入門に最適の短篇集。

書肆心水・A5判並製・192頁・定価2415円・ISBN9784902854312




A5判並製・256頁・ISBN9784902854305・定価2310円

内藤濯訳『星の王子さま』はじめ、翻訳権消滅とともに続々と世にあらわれた異種翻訳合戦と化した日本の『星の王子さま』問題。この問題に向き合ったマジメな一冊。さまざまな誤訳が懇切丁寧に追及されていく。仏文学者としての矜持と、おかしなものはおかしいという正しき義憤がたっぷりとぶちまけられている。こういう仕事は誰かがやらねばならない(と思った賢明な諸氏が意を決してやる)ものだろう。序文で述べられた加藤氏のフランス語への真剣さがものした本であることは序文からもひしひしと感じられる。

 この本をつくりながらわたしが感じていたのは、自分の愛する言語と自分がそのなかに生まれたがゆえに自分のアイデンティティを構成する言語との間の埋めようとして埋められない懸隔にたいする、もどかしさなどではない、絶望である。合体したい、合一したいという、実存的な抜き差しならない憧(あくが)れがどうしてもかなえられない。フランス語のうちに生まれていたらこの絶望はない。しかし、自分の存在理由、生き甲斐である合体、合一の餓(かつ)えの対象がなくなったら、生の意味もなくなる。
 言語を仕事とする者がかかえるアポリアなのだろうか。


もう一冊、検討して欲しかったのは、フランス語の意欲ある学習者が真っ先に手にするかも知れない、第三書房から出ている参考書としての『星の王子さま』だった。

対訳 フランス語で読もう「星の王子さま」

対訳 フランス語で読もう「星の王子さま」





現勢化―哲学という使命

現勢化―哲学という使命

「哲学者になったのは使命(天職)だったのか」と問われたスティグレールは、もし哲学することが使命であるなら、それは全ての人間が潜在的に与っている共通の使命なのだと答える。つまり人間はみな、可能態として哲学者であるが、しかし現実に哲学者となるためには、潜在的な使命を現勢化する移行のプロセスが必要だというのである。
 スティグレール自身の「哲学への移行」は、ある特異な体験をきっかけとして発動した。それは彼がかつてある犯罪を犯し、20代後半から30代にかけての5年間を刑務所で過ごしたということである。彼はその5年間を、みずからのうちに潜むはずの哲学の可能性を現勢化させ、それを現実態に保つ訓練に費やしたのである。だがそれは哲学を、獄中での癒しとか、いわゆる更正の足掛かりにしたという意味ではない。そうではなく、生きるために、知性というものを駆動させ、徹底化させるにはどのような道筋を辿らなければならないのかということを、自身がまさにそのプロセスに身を投じることで、実験的に検証したのである。
 本書で語られる物語(自伝)が、非常に特異なものでありながら、もし読者のうちで、読者が置かれた個々の状況に応じて、切実なリアリティを伴って響くとしたら、それは各々が有しているはずの哲学への使命(公共性への欲望)に呼応したということなのかもしれない。

四六判上製・140頁・ISBN9784794807427・定価1890円


愛するということ―「自分」を、そして「われわれ」を

愛するということ―「自分」を、そして「われわれ」を

 自己愛という言葉は、自分に酔うナルシストや、利己的なエゴイストを連想させるからか評判があまり良くない。しかし一方で、今ほど「自分を愛する」ことを皆が求めてやまない時代はかつてなかったのではないか。
 本書でスティグレールは、自分(個)というのは自分に「なる」プロセスなのだ、と繰り返し説いている。個体化とは時間の経過とともに、違う自分になっていくことであり、己のうちの他者を育むことなのだ。しかし個とはそれ自体で変化していくわけではなく、「私」は様々な集団に属して影響を受けつつ、またそこで何らかの役割を担うことで、その「われわれ」の中における唯一無二の存在として認証されていくのである。
 ところが現在この「私」と「われわれ」双方の個体化が頓挫している。というのも今日の市場経済は、世界標準規格の消費者を作り出すために、最先端技術を駆使して人々の行動様式を極度にシンクロさせようとしており、こうして同じような価値観や美的感覚、想像力や記憶をもつようになった消費者たちは、未知のものを欲望してあらたなものに変化することができなくなり、結果的に自分をもう愛せなくなっていくのである。
 真の意味での自己愛そして友愛とは、自己や「われわれ」のうちのまさに不一致や矛盾を推進力として、未来を志向し、開いていくことである。技術はそのために使ってこそ「文明」の利器となる。だからこそ今、テクノロジーの社会的役割を徹底的に批判検証しなければならない。そして、グローバル経済の中でただ「生き残る」ことに甘んじず、人間らしく「存在」する方策が具体的に生み出される産業政治を創始しなければならないのだ。

四六判上製・140頁・ISBN9784794807434・定価1890円




伽藍が白かったとき (岩波文庫)

伽藍が白かったとき (岩波文庫)

初のアメリカ旅行で摩天楼に美しい破局を見たル・コルビュジエ(1887−1965).機械文明と時は金なりの国に身を置いて彼は西欧を問い直すー中世カテドラルが新しかった時の,人々の気迫と手の偉業を.本書は第二次大戦直前,新しい文明と都市計画を模索し,建築という時代の表現に自然と人間を呼び返す.生誕120年,甦る名著.

400頁・ISBN9784003357019・定価945円

*1:浅羽道明『ニセ学生マニュアル』のフォークロアによれば、荒俣宏高山宏海野弘を「東方の三博士」と呼ぶらしい。浅羽氏も突っ込んでいたが、海野弘が「ハカセ」かというと、ちょっと微妙である。

*2:1・アリス狩り/2・目の中の劇場/3・メデューサの知/4・綺想の饗宴、の青土社で刊行されたシリーズ。青土社、はやく『アリスに驚け!』(仮題)を出してほしい。

*3:アンリ・ミショー展 ひとのかたち Henri Michaux/Emerging Figures は8.12.Sunまで開催中です。

*4:案内本かどうかは読者諸氏の状況により判断が異なるでしょう。ですが、各専門領域のさらなる内奥へと誘うための入門手引きの自負を、《文庫クセジュ》や《白水Uブックス》の方針が一般書専門書問わず浸透していると思い、「案内」という言葉を用いました。