フェール・ル・ポン(橋渡し、あるいは先延ばし)?

urotanken2006-12-02




東京大学駒場キャンパスで開催された、LACというシンポジウム(第6回を数えるらしい)を覗いた。議題は「新しい小説〈ヌーヴォーロマン〉から小説の未来へ」である。司会進行は野崎歓氏、そしてやはりジャン=フィリップ・トゥーサンの参加、そしてジャン・エシュノーズの翻訳者などでも知られる谷昌親先生(なぜだか先生付け)、お目当てはやはり(?)堀江敏幸氏である。堀江さんの、とくにヌーヴォーロマン評を聞きたかったというよりも、生声を聴いたことがなかったというミーハー心も手伝っていた。ヌーヴォーロマン(Nouveau Roman、以降、NR)を紹介、研究されていた仏文学者はもう現役を引退されている。実質的に「小説の未来」を担おうかという人々が、NRを懐古的に振り返るという進行の構図は避けられなかった、というのがこのシンポジウムに対する正直な感想だ。トゥーサンはNRの文学者のなかでサミュエル・ベケットを賞賛し、現代文学が避けては通れぬ作家だと結論づけた。そして、NRのイメージは、ミニュイ社(Les editions de Minuit)の建物の前で「偶然にも」(?)集まったNR作家の肖像に象徴されるというクリシェ(『早稲田文学』主催の文学カフェでもたしか、NR作家の翻訳者の御仁が、各々作家の肖像画を我が写真のごとく、物思いに耽っていらっしゃったような)云々。谷昌親先生はヌーヴォーロマンの概略のまとめ役で、日本でのNRの受容を大枠で語り、最後に堀江さんの追加コメントという段取りであった。トゥーサンは、NRの流行った当時は、戦後の実存主義の影響が色濃く、さらに文学理論によって否が応でも文学が重みを増していく時代であったと語る。言語の冒険が行き過ぎて、土壌がやせ細ってしまったと野崎氏が述べたことに対して、堀江さんはそのやせ細り「続けた」ベケット(?)が最後まで生き残ったという翻しのコメントを付け加えたのは流石である。ベケットの才能に一早く反応したのが、ミニュイ社の編集長ジェローム・ランドンであり(ところで、ベケットの処女作『マーフィ』は刊行した年に、たった4冊しか売れなかったらしい。4冊だけというのは逆に凄い!)、ランドンの慧眼でNRをはじめとした前衛的な文学・思想を賑わせたというミニュイ社の貢献もまた事実ではあるだろう。

という具合に、何ともしまりの悪い進行のさなか(纏めようという意欲のある人も、適任者もいないような状況だからしょうがないのだが)、堀江さんの例の、個人的な体験の語り口から始められたNRとの出会いは、想像どおり早稲田の有名教師平岡篤頼先生の授業で直接聞かされたことだった(堀江さんは学部を早稲田時代で送り、東大本郷で大学院に進むが、NRについて話題になるのは早稲田ぐらいであったという)。NR作家の作品ではじめて原書に触れたのはアラン・ロブ=グリエの『ジン』という作品で、アメリカの学生向けに書かれたフランス語の教則本であるという(恥ずかしながら未読だが、つまりはフランス語文法の特性を如実に意識させる小説なのであろう…)、やはり、章ごとに異なる時制を用いた文法規則が課せられた作品構造になっているようで、「さまざまな法則を自分に課して、言語でそれを実践していく」ことの面白さがNRには(またジョルジュ・ペレックやウリポにも)あると、ここにきてはじめて(と言ってよいだろう)、NRの特徴に言い及んでくれていた。「緻密な構成と語感のリズムが冷たい印象」を与えるロブ=グリエの作品は、音の響きやポンクチュアシオン(句読点の打ち方)が完璧であるゆえ美しいと感じたという(『ジン』という作品はロブ=グリエの作品のなかでも「クスっと笑えるユーモア」がある数少ない作品であるともいう)。そして、履修登録していなかったにもかかわらず(ほんまかいな)、ロブ=グリエの『ジン』の原書を生協で見つけて思わず購入し、誰も訳してこないのでしょうがなく訳しながら進めていく独壇場の平岡先生の生の翻訳講義を、堀江さんはそれは愉しく受講していたそうである(関係ないが、堀江さんの生声の語りは予想を裏切るほど甲高く、拍子抜けした)。

さて、トゥーサンがべケットから受け継いだものが仮にあったとしても、無論そのことが、NRから「現在」の文学への「橋渡し」(faire le pont)を意味するという導きはあまりにもおざなりの感を拭えない。橋渡しという休息は、堀江さんの「フェール・ル・ポン」(麻雀をする)という冗談ではないが、その間をすっ飛ばしているという判断停止のようなものである。たとえばなぜフィリップ・ソレルスの名が口の端にのぼらないのか、重さから次第に軽さを獲得していく文学状況の移りゆきを理解する素材は探せば幾らでもあるのではなかろうか。

マーフィー

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Djinn

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